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本稿の中心命題は、ルールは使われないときでさえ無料ではない、ということである。既存制度に対する追加的な行動改善効果が小さくても、ルールは理解、遵守、運用、解釈、紛争処理などの費用を生み、解釈権、立証責任、監視権限、例外判断、処罰可能性を関係者へ配分する。
この構造を、憲法、法律、契約、組織規則、個人間の約束という五つの層で検討する。各層では目的と強制力が異なるため、同じ基準で評価することはできない。また、利用件数や処罰件数が少ないだけで失敗ともいえない。権力や重大事故を未然に抑える機能、共同体や当事者が重視する価値を示す機能も含め、目的となる害の減少と価値表明の効果を、それに伴う総費用と比較する必要がある。
したがって、ルールの新設時には、既存制度で対応できない差分、追加的便益、総費用、執行可能性、例外手続および責任者を明らかにするだけでなく、見直し日と廃止条件まで設計すべきである。よいルールとは、数の少ないルールではなく、目的と手段の関係を説明でき、一貫して運用され、必要に応じて変更または廃止できるルールである。
守られる見込みが乏しいルールでも、作っただけなら害はない。そう考えたくなる場面は少なくない。罰則が実際に適用されず、社内規程が棚に収まり、約束が問題になる機会もなければ、少なくとも目に見える損失は生じていないように見えるからである。
しかし、ルールは執行された瞬間にだけ費用を生むわけではない。制定されれば、対象者は内容を理解し、自分の行為が境界の内側か外側かを判断しなければならない。運用する側には、周知、教育、監視、通報への対応、記録、解釈、例外判断、紛争処理の仕事が生まれる。違反かどうかが曖昧なら、相談や確認の時間は増え、制裁を恐れる人は本来許される行為まで控えるかもしれない。処罰や契約解除に至る事例が一件もなくても、こうした負担はすでに発生している。
もちろん、利用件数や処罰件数が少ないことだけを理由に、ルールを無意味と断定することもできない。ルールには、人の行動を直接変える道具的機能だけでなく、社会や集団が何を大切にしているかを示す表出的機能がある。法律が価値判断を公に示すことで、人々の認識や社会規範に働きかけることもあり得る(Sunstein, 1996)。重大事故に備える安全規則や、侵害される機会が少ない基本権の保障も、使用頻度だけでは価値を測れない。
そこで本稿は、「実効性に乏しいルール」を、単に守られないルールや、目立った執行実績のないルールとは定義しない。ここで問題にするのは、既存の制度や慣行に対する追加的な行動改善効果が小さい一方で、理解、遵守、運用、解釈、紛争処理、萎縮、関係悪化の費用を生むルールである。この見方は、遵守負担を生むのに正当な目的への寄与が乏しい規則や手続を扱う「レッドテープ」の研究と重なる。ただし、目的そのものへの賛否と、合意された目的に対して手段が役立つかどうかは分けて考える。価値観が対立していることを、手段の有効性の問題へ言い換えるべきではないからである。
この問題を具体的に考えるため、本稿は「国旗の損壊等の処罰に関する法律」を導入事例とする。同法は2026年7月24日に法律第69号として公布され、同年8月13日に施行された。施行に先立ち、警察庁は「国旗の損壊等の処罰に関する法律の施行に伴う関係規定の適切な運用等について」を発出し、警察の運用方針を示した(警察庁, 2026)。2026年8月17日時点では施行から4日しか経過しておらず、検挙、起訴、裁判例などの運用結果をもとに効果を評価できるだけの観察期間はない。以下の検討は、施行直後に有効または無効と断定するものではなく、現行法の制度設計と施行通達から、どのような便益と費用が見込まれるかを整理するものである。
同法は、人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、または汚損した者を、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金に処する。その方法に当たるかは、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に考慮して判断するものとし、適用時には表現の自由を含む憲法上の自由と権利を不当に侵害しないよう留意することも定める(同法2条、3条)。他方、他人が所有する国旗を壊す典型例では、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料を定める器物損壊罪が成立し得る。また、式典や店舗の営業を、偽計または威力を用いて妨げる態様であれば、業務妨害罪の成否も問題になる。もっとも、国旗を損壊したという事実だけで業務妨害罪になるわけではなく、偽計または威力の使用と業務の妨害が必要である(刑法233条、234条、261条)。
既存法との重なりを除くと、新法が独自に対象とする中心は、自分が所有する国旗を人通りの多い場所で燃やす、自室で切り刻む様子をライブ配信するといった、他人の財産や業務を侵害せずに公然と行われる行為である。国会に提出された具体例も、こうした事例を基本的な適用例として挙げている(警察庁, 2026)。したがって、同法によって追加的に保護される中心的な利益は、財産や業務ではなく、国旗を大切に思う国民の感情だと捉えられる。
成立前の法案を検討した江藤(2026)は、適用範囲を狭くすれば実際には使われない規定となり、広くすれば表現の自由との緊張が強まり、通報だけが増えれば警察業務を圧迫するという立法上のジレンマを指摘した。ただし、この論文が対象としたのは成立前の法案であり、最終的に成立した法律や施行後の運用を直接評価したものではない。その限界を踏まえても、どの行為までを刑罰の対象にするかという境界設定が、便益と費用の双方を左右するという指摘は重要である。
「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という要件は、処罰範囲を限定するために置かれている。しかし、市民が行為の前に境界を予測し、警察官が現場で直ちに判断するには、なお幅のある表現でもある。文言を抽象的にすれば、多様な事案に対応しやすい反面、個別事案で誰が何を根拠に線を引くかという仕事が増える。立法時に確定しなかった意味は消えるのではなく、運用する人々の判断へ移される。
実際、警察庁(2026)は、犯罪が成立するために法律が定める要件である構成要件への該当性と、違法性を否定する事情について、組織的かつ緻密に法的判断を行い、検察と緊密に連携するよう求めている。逮捕についても、その理由と必要性、証拠の証明力を組織的に検討し、犯罪の最中または直後に令状なしで行う現行犯逮捕は、犯罪であること、行為者であること、違法性を否定する事情がないことが明白な場合に限るとしている。私人が現行犯逮捕したとして行為者を引き渡した場合にも、警察は身柄を留置するかどうかを改めて判断する。さらに、通報者や目撃者からの事情聴取、映像の確認・確保を想定し、全ての警察職員への教育を求めている。
これらの慎重な手続は、誤った逮捕や表現活動への不当な介入を避けるうえで欠かせない。同時に、その慎重さを実現するため、個別事件の有無にかかわらず発生する固定的な費用が全国の警察組織に生じることも示している。通報があれば事情を聞き、映像を確認し、適用の可否を検討する必要がある。検察との協議や職員教育にも時間がかかる。最終的に逮捕や起訴を見送ることは、費用が発生しなかったことを意味しない。
実際、施行直後には、この費用発生経路と整合する初期事例もソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上に現れた。日の丸を想起させる外観の布などをめぐって逮捕を求める声が上がったとする投稿や、通報対象になったとする投稿があり、施行2日後には、通報を受けた愛知県警察の警察官が現場で応対する様子が動画付きで投稿された1。これらは、通報内容、対応時間、法的判断、発生頻度を明らかにする公的記録ではなく、費用の規模や実効性を評価する材料にはならない。それでも、逮捕、送致、起訴に至る前から、境界事例をめぐる通報と現場対応が始まり得ることを示す初期的な観察としては意味がある。
市民の側にも別の費用が生じ得る。どの表現が「著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」に当たるかを確信できなければ、処罰対象ではない政治的・芸術的表現まで控える可能性がある。制裁の範囲が不確実であること自体が、保護される表現を抑制する現象は、萎縮効果と呼ばれる(Schauer, 1978)。実際に有罪判決を受ける危険だけでなく、通報され、事情を聴かれ、周囲から違法行為とみなされる危険も、人の選択に影響する。
ここには、便益と費用の配分という問題がある。価値を明確に示したという政治的・社会的便益は立法を支持する側に見えやすい。一方、個別判断と通報対応の費用は警察や検察が負い、境界の不確実性と萎縮の費用は表現する市民が負う。ルールは、禁止事項を書くだけではない。解釈する権限、事実を立証する責任、監視と通報を促す力、例外を判断する裁量、制裁を受ける可能性を、関係者の間に配分する。
したがって問うべきなのは、この法律によって一件でも処罰が行われるか、あるいは国旗を尊重する目的が重要か、という二者択一ではない。既存制度では処理できないどのような害を、どの程度追加的に減らせるのか。そのために、誰がどの費用と権限を引き受けるのか。そして、より弱い手段では目的を達成できないのかを問う必要がある。
本稿では、この問いを国旗損壊罪だけにとどめず、憲法、法律、契約、組織規則、個人間の約束という五つの層に広げる。強制力も目的も異なるため、すべてを同じ尺度で評価することはできない。それでも、ルールが何を改善し、どの負担と権限を誰に与え、変化や例外をどう扱うのかという問いは共通している。国旗損壊罪は、その中心命題を先取りしている。すなわち、立法段階で解消されなかった曖昧さは、運用段階の判断と費用へ姿を変える。そして、ルールは使われないときでさえ、無料ではない。
憲法は、国会、政府、裁判所などの権限を定め、国家と市民の関係を形づくる。同時に、政治共同体がどのような価値を重んじ、どのような社会を目指すかを示す文書でもある。King(2013)の論考「Constitutions as Mission Statements」は、憲法が国家の中核的な価値や約束を示し、意思決定を導く機能を論じる。一方、Ginsburg(2013)は、憲法を交渉された不完備な契約として捉え、その形成、権限委任、再交渉および持続性を分析している。したがって、理念を掲げる規定から具体的な給付や禁止を直ちに導けないという理由だけで、その規定を実効性に乏しいと断定することはできない。価値を公にし、後の政治や法解釈に方向を与えること自体が、憲法の役割になり得るからである。
もっとも、憲法に言葉を加えることにも費用がある。憲法は、通常の法律より変更しにくく、下位の法令、行政活動、裁判所の判断に広く影響する。そこでの主要な費用は、申請書を書く時間のような日常的な遵守負担ではない。誤った選択や一時的な政策を長期間固定し、その影響を制度全体へ増幅する費用である。
たとえば、ある時点では妥当に見える産業政策や技術上の前提を最高法規に詳しく書き込めば、環境が変化した後にも、法律と予算をその答えに合わせ続けなければならない。理想的な状態だけを掲げ、実現する主体、優先順位、財源、手続を定めなければ、誰も明確な責任を負わない一方で、各機関がその言葉を自らに都合よく援用する余地が残る。相互に衝突する価値を調整原理なしに並べれば、政治過程で解けなかった問題を、行政や裁判所の解釈へ移しただけになる。
将来起こり得る事態をすべて予測し、それぞれに一つの答えを与える憲法は作れない。社会の価値観、技術、経済、国際関係が変われば、同じ文言が想定外の問題へ適用される。憲法もまた、将来の全状態について権限と義務を書き尽くしていないという意味で、不完備な規範である。
この不完備性を本文の細密化だけで解消しようとすると、別の問題が生じる。詳細な規定は既知の事案には答えやすいが、想定外の事案ではかえって類推や例外の判断を増やす。複数の詳細な規定が衝突すれば、優先順位を決める仕事も必要になる。結果として、立法時に解消しなかった不確実性は、行政や司法へ移る。Vermeule(2004)が憲法改正と、判例などを通じた憲法上の規律の発展との関係を論じるように、憲法の更新は本文の変更だけで完結しない。誰が解釈し、制度の変化へ適応させるかという権限配分が、本文と同じほど重要になる。
ここで、実際には行使されない権限や履行されない義務を残すことも中立ではない。本文と制度慣行の乖離が常態化すれば、市民はどちらを信頼すべきか分からなくなる。特定の紛争でだけ休眠規定を持ち出せるなら、それは適用する側に選択権を残す。他方で、使われないことを理由に直ちに削除すれば、権力行使を未然に抑える基本権の保障まで、その価値を見落としかねない。評価すべきなのは適用件数ではなく、その規定が権力を適切に拘束し、価値を共有し、紛争を処理する役割を果たしているかである。
米国の禁酒法は、具体的な政策を憲法へ固定した場合の費用を考える材料になる。1919年に批准された憲法修正第18条は、酒類の製造、販売、輸送などを禁止し、連邦議会と各州に執行権限を与えた。その経緯をまとめた米国国立公文書館の「The Volstead Act」によれば、連邦議会は執行法を制定したが、広範な違反と執行上の困難が続いた(Kelly, 2017)。1931年のウィッカーシャム委員会報告も、遵守状況、執行体制、政策の便益と弊害を検討し、制度を維持するための大きな執行課題を記録している(United States National Commission on Law Observance and Enforcement, 1931)。最終的に1933年の修正第21条が修正第18条を廃止した。この経過を、飲酒抑制という目的が単純に無意味だった証拠と読むべきではない。むしろ、特定の政策手段を憲法に置くと、その実施に広い制度資源を要し、政策を変更するにも再度の憲法改正が必要になるという、執行費用と更新費用の例である。
憲法の硬直性には明確な便益がある。基本権や権力分立の原則を短期的な多数派の判断から守り、政治の参加者に安定した前提を与えられる。問題は、変更しにくいこと自体ではなく、その強い固定力を何に使うかである。長く保護すべき原理の安定性と、誤りや陳腐化を更新する費用を比較しなければならない。
そのため、憲法が優先して明確にすべきなのは、将来の個々の争点への回答より、権限の配分、基本権、意思決定、変更、紛争解決の手続である。理念規定を置く場合も、共同体の方向を示す機能と、特定の政策を一義的に命じる機能を区別する必要がある。実現の責任主体や手続を伴わない理念に、政策決定を自動的に代替させることはできない。
憲法における実効性に乏しいルールの代償は、一つの条文が使われないことにとどまらない。更新しにくい規範が、下位法令、行政、司法へ長期にわたり増幅されることにある。最高法規が備えるべきなのは、予測できない未来の全回答ではない。将来の不一致と変化を、誰がどの権限と手続によって処理するかという枠組みである。
法律は、多数の人の行動を調整し、権利を保護し、紛争を処理し、行政が活動する根拠を与える。その中でも刑罰法規は特別である。国家が人の自由や財産を強制的に奪い、犯罪者という公的な非難を加える根拠になるからだ。社会が重視する価値を示すという表出的機能は法律の便益になり得るが、刑罰を選ぶなら、価値表明だけでなく、その強制が必要であることまで説明しなければならない。
刑法の謙抑性とは、刑罰を、他の手段では目的を十分に達成できない場合の最終手段として用いる考え方である。刑法を ultima ratio2 と位置づけるなら、ある行為が不快である、または被害感情を生むという理由から、直ちに犯罪化へ進むことはできない。処罰に値する害があるか、既存制度ではなぜ足りないか、教育、民事上の救済、行政上の措置などの代替手段はないか、犯罪の成立範囲を市民が予測できるか、刑罰の重さは害と均衡するかを順に検討する必要がある(上田, 2016)。
国旗損壊罪が独自に保護する中心的な利益は、序論で見たとおり、国旗を大切に思う国民の感情とされている。同法は、単に国旗を傷つける行為の全てではなく、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」による公然の損壊、除去、汚損を対象とする。その方法への該当性は客観的な事情を総合的に考慮して判断し、適用時には表現の自由などを不当に侵害しないよう留意するものとされている(同法2条2項、3条)。これは、他者に不快感を与える行為を、どのような条件で制約または処罰できるかという「感情侵害原理」の問題として捉えられる。
しかし、不快であることと、刑罰を正当化するほど重大な感情侵害であることは同じではない。亀田(2022a, 2022b)が検討するように、感情侵害を処罰根拠とするなら、侵害の強度と持続性、被害を避けられる程度、行為が行われた場所、行為の社会的価値などによる限定が必要になる。政治的な主張や芸術的な表現は、見る人を強く不快にさせることがあっても、その不快感だけで社会的価値が失われるわけではない。一方、逃れにくい場所で特定の人へ執拗に見せつける行為は、同じ物理的な損壊でも、感情への侵害の態様が異なる。
「著しく」という限定は、この差を扱おうとするものである。ただし、何が著しいかを法文だけで判定することは難しい。明確性を高めるために事例を細かく列挙すれば、列挙外の類似行為との境界が新たに生まれる。抽象的な基準を維持すれば、警察、検察、裁判所の判断が必要になる。Fuller(1969)が法に求めた明確性、遵守可能性、公布された規則と実際の運用との一致という観点からは、市民が事前に境界を理解でき、運用がその理解と一致するかが問われる。
新たな刑罰法規の便益は、既存制度との差分で測る必要がある。他人の国旗を壊す典型例では器物損壊罪が、偽計または威力によって式典や営業を妨害する態様では業務妨害罪が成立し得る。したがって、国旗損壊罪の追加的な対象は、主として、自己所有の国旗を用い、他人の財産や業務を侵害せずに公然と行う行為に集中する。この領域で、どのような感情侵害がどれだけ減るのか、行為を思いとどまらせる予防効果があるか、国旗を尊重する規範を示すことが人々の行動や認識を変えるかが、追加的便益となる。
費用も同じく追加分を見る。ただし、その発生は有罪判決の件数に限られない。法律の周知、全国の警察職員への教育、通報の受付、事情聴取、映像の確保、捜査と訴追、検察との協議に時間がかかる。市民は表現の適法性を調べ、境界が読めなければ相談し、あるいは本来許される表現まで控える。誤認通報や私人による現行犯逮捕が起きれば、犯罪が成立しないと判断される事案でも対応費用は生じる。法体系に似た規定が増えることで、どの犯罪を適用するかという判断も複雑になる。
慎重な通達と運用は、濫用を防ぐために不可欠である。一方で、慎重な裁量がなければ安全に運用できない制度は、法文だけで行動を導く力が弱いことも示している。広く該当し得る規定が通常は見逃され、注目を集めた事案でだけ使われれば、違反行為を一貫して減らすより、同種の行為者の中から誰を捜査するかを選ぶ権限が大きくなる。選択的執行の危険は、執行件数の少なさによって消えるのではなく、むしろ見えにくくなる。
刑罰法規を評価するとき、社会が否定的な価値判断を示せたという便益と、国家権力を実際に動かす費用や危険を切り離してはならない。象徴を守る目的が重要であるとしても、刑罰でなければ達成できないのか、既存法で捉えられない害は何か、市民が境界を予測できるかは別に問う必要がある。表明したい価値が強いほど刑罰も強くてよい、という関係にはならないのである。
契約は、当事者が将来の行動を調整し、費用、利益、危険を配分するためのルールである。何をいつ提供し、代金をどう支払い、問題が起きたときに誰が何を負担するかを明確にできれば、取引の予測可能性は高まる。しかし、条項を増やすほど安全性が単調に高まるわけではない。将来の事態を予測し、義務として記述し、第三者が履行を検証できる形にし、相手と合意するまでには、それぞれ費用がかかる。
「不完備契約」とは、起こり得る全ての事態について、権利、義務、救済を事前に書き尽くしていない契約をいう。これは必ずしも作成者の怠慢を意味しない。予測できない変化があり、予測できても言葉にしにくい品質があり、言葉にできても裁判所などの第三者が検証しにくい事実がある。交渉と文書化の費用にも限界があるため、現実の契約は必然的に不完備になる。
Grossman and Hart(1986)は、契約に具体的に書かれていない事態で資産の利用を誰が決められるかという「残余的支配権」に注目し、所有権の配分を論じた。この理論は企業の統合と資産所有を対象とするものであり、あらゆる契約へそのまま当てはめるべきではない。それでも、書かれていない事態は空白のままではなく、誰かの決定権と交渉力に委ねられるという視点は、契約一般にも重要である。
条項を追加すれば、作成、法務審査、承認、相手方との交渉、変更管理の費用が増える。大量の定型条項の中に、価格改定、知的財産、責任制限、解除といった重要なリスク配分が埋もれれば、当事者が本当に理解すべき事項へ向ける注意も薄くなる。契約書が厚いことと、重要な危険について合意できていることは同じではない。
Bakos et al.(2014)は、オンラインでソフトウェアを販売する90社のサイトを訪れた48,154人の行動を調べ、エンドユーザー使用許諾契約を開いた買い物客は1,000人中およそ1~2人だったと報告した。条項が提示されていることと、相手が内容へ注意を向けていることの隔たりを示す具体例である。ただし、これは消費者向けのオンライン定型契約を対象とした研究であり、交渉や法務審査が行われる企業間契約へ同じ割合や行動を無条件に一般化することはできない。
さらに、平時には守られていない条項を「念のため」残す行為は中立ではない。納期変更には常に書面承認が必要だと定めながら、実務では口頭やチャットで変更を続けているとする。関係が良好な間は問題にならなくても、紛争が起きたとき、一方だけが形式違反を持ち出せる。守られない条項は消えたのではなく、いつ、誰に対して行使するかを選べる権利として残る。契約本文と実際の取引慣行のどちらを信頼すべきかも不明瞭になる。
Macaulay(1963)は、主として1960年代の米国製造業における企業間取引を調べ、取引が契約条項の厳格な行使だけではなく、継続的な関係、業界慣行、評判、交渉によって維持される様子を示した。これは対象と時代の限られた予備的研究であり、契約書が不要だという結論ではない。むしろ、実際の協働を支える仕組みが契約本文の外にもある以上、本文と慣行がどのように補い合い、どこで正式な権利行使へ切り替わるかを設計する必要があることを示している。
契約の目的は、将来を完全に言い当てることではない。まず、金額が大きい、回復が難しい、当事者間で認識が分かれやすいといった主要なリスクを特定し、その配分を明確にする。そのうえで、通常時の決定権者と、契約にない事態が起きたときの暫定的な決定権者を決める。これは空白を放置するのではなく、空白の処理方法を合意することである。
変化が一定の範囲を超えた場合には、再交渉を始める条件、共有すべき情報、回答期限、検討中の暫定措置、費用負担を定められる。当事者間で解けない問題については、担当者から責任者へ判断を上げる手順、中立的な第三者が合意を助ける調停や、第三者の判断に紛争の解決を委ねる仲裁、契約を終了できる条件、終了後のデータ返還や業務移行も必要になる。実務慣行が本文から外れたなら、誰がいつ契約を更新するかも決めておきたい。
形式的履行に固執すれば双方が損をする場面では、協議と再調整の余地が取引を守る。ただし、柔軟性という名目で強い当事者へ無限定の裁量を与えれば、予測可能性は失われる。重要なのは、全事態の答えではなく、決定権、情報、期限、異議申立て、退出の手続を配分することである。
契約における実効性に乏しいルールの代償は、読まれない文章が増えることだけではない。交渉と審査の時間を奪い、重要事項を埋没させ、紛争時の選択権と交渉力を特定の当事者へ与える。よい契約は、未来を漏れなく記述した契約ではなく、不確実な未来を誰がどの手続で処理するかを明確にした契約である。
組織の規則には、複数人の仕事を結び付け、品質を標準化し、安全と法令遵守を確保し、経験の浅い人へ知識を伝え、公平な処遇を支える役割がある。同じ失敗を繰り返さないために手順を定め、担当者が変わっても一定の結果を出せるようにする形式化は、組織に欠かせない。問題は規則があることではなく、規則に従う仕事と、規則が支えるはずの本来の仕事が分かれることである。
「レッドテープ」とは、遵守負担を生む一方で、規則が掲げる正当な目的への寄与が乏しい規則や手続をいう。George et al.(2021)が、複数の研究結果を統計的に統合するメタ分析を行ったところ、レッドテープは組織成果と従業員の態度に対して、小から中程度の一貫した負の関係を示し、とりわけ組織内部で作られたレッドテープの方が、外部から課された規制より有害であった。ただし、これは相関的な研究を含む既存研究の統合結果であり、個々の規則が成果低下を引き起こすと一律に断定するものではない。それでも、内部規則なら容易に変えられるという期待に反して、身近な手続の蓄積が無視できない負担になり得ることを示している。
組織は、実務上の効率だけを理由に制度を導入するとは限らない。Meyer and Rowan(1977)は、組織が外部から合理的で正当な存在と見なされるため、社会で当然とされる公式構造を採用することを論じた。その公式構造と実際の活動が切り離される状態は「デカップリング」3 と呼ばれる。
たとえば、全ての変更に複数部門の事前承認が必要だが、承認を待てば顧客対応が間に合わないとする。現場は先に仕事を進め、後から記録を整える。管理者もそれを知りながら黙認する。規程の上では完全に統制され、報告書にも承認記録が残るが、実際の判断は手続の外で行われている。この状態では、規則は事故を防ぐための情報を与えにくい。その一方、事故が起きた後には、承認前に動いた担当者の責任を示す証拠として使える。
この危険が極端な形で現れた例が、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー事故である。ロジャース委員会報告は、打上げ判断の過程で情報が不完全かつ誤解を招く形で伝わり、技術者の判断と管理者の判断が衝突したことを指摘した。さらに、航空安全上の懸念がシャトル計画の主要管理者を迂回できる組織構造そのものを問題にした(Presidential Commission on the Space Shuttle Challenger Accident, 1986)。ここで問われたのは、個々の規程の数ではなく、誰の知見が意思決定へ届き、誰が危険を理由に異議を申し立てられるかである。
17年後のコロンビア事故調査委員会報告も、機体を損傷した断熱材だけでなく、計画管理の慣行や組織文化を事故原因として扱い、独立した技術権限と安全保証組織の必要性を示した(Columbia Accident Investigation Board, 2003)。二つの事故を、単に「規則が多すぎた」結果と要約することはできない。むしろ、安全規程を追加しても、情報が届く経路や技術的な異議を判断へ反映させる権限が変わらなければ、公式の安全管理と実際の意思決定が再び分離し得ることを示している。
日常的な逸脱を全員について取り締まれない規則は、行動を揃える道具から、処罰する相手を選ぶ道具へ変わり得る。管理者との関係が良い人の回避は見逃され、目立つ失敗をした人の回避だけが違反とされるなら、規則の一貫性と公平性は失われる。さらに、現場は本来の成果ではなく、監査で説明しやすい記録を作ることへ時間を使う。遵守率が高く見えても、目的となる失敗が減ったとは限らない。
形式化には別の姿もある。Adler and Borys(1996)は、仕事上の問題を理解し、対応しやすくする「仕事を助ける官僚制」と、人の行動を監視し、従わせることを中心とする「人を強制する官僚制」を区別した。前者の手順書は、異常の原因や仕組みを示し、現場が改善を提案でき、想定外の事態にも対応できる。後者は、現場の知識を信用せず、逸脱の記録と処罰を中心に設計される。
DeHart-Davis(2009)は、有効な組織規則を「グリーンテープ」と呼び、目的と手段の関係が妥当で、統制の強さが適切で、一貫して適用され、目的が関係者に理解されることを重視した。したがって、改善の目標は規則の数を機械的に減らすことではない。具体的にどの失敗を防ぐのか、守ればその失敗が減ったと何によって確認できるのかを明らかにし、目的と実務を再び接続することである。
そのためには、例外を認める条件、判断する権限者、後から検証できる記録を決める必要がある。規則が守られていないなら、直ちに現場だけを責めず、安全や法令遵守のために現場を直すべきか、目的に寄与しない規則を直すべきかを調べる。他の規則との重複や矛盾も点検し、遵守、相談、差戻し、例外申請に使う時間を業務コストとして測るべきである。
現場の参加は、例外や実際の作業を設計へ取り込む有力な方法である。ただし、安全や法令遵守の基準を人気投票で決めるという意味ではない。専門知識と責任の所在を保ちながら、規則の対象となる人が、どこで仕事が止まり、どの回避が常態化しているかを伝えられるようにする必要がある。
所有者、見直し日、廃止条件のない規則は、保守担当者のいないソフトウェアに似ている。新しい要求への追加だけが続き、前提が変わっても古い処理は残る。組織が減らすべきなのは、規則の数そのものではない。目的と実務のつながりを失いながら、遵守の演出と選択的な責任追及だけを可能にする規則である。
個人間の約束も、小さな私的ルールである。「明日連絡する」と約束することは、明日連絡したいという予測や、相手を大切に思うという好意の表明だけではない。約束を受けた相手に、履行を求め、守られなければ理由の説明を求め、場合によっては違反を非難できる特別な地位を与える。
この拘束には大きな便益がある。Shiffrin(2008)は、自らを特定の相手に対して拘束できる能力が、友情や親密な関係を形づくるうえで価値を持つと論じる。将来の気分や利害が変わっても行動すると引き受けるからこそ、相手は安心して予定を立て、弱みを見せ、共同の計画へ資源を投じられる。約束の問題を、その数を減らせばよいという話にすることはできない。
Owens(2012)は、約束、同意、許しなどを、当事者が権利と義務の配置を変える「規範的権能」4 の行使として捉える。この観点に立つと、守れそうにない約束をしても実害はない、とは言えない。結果として履行を請求されなくても、相手に請求と非難の地位を与え、自分には応答する義務を生むからである。
不安を感じている相手に、「毎日必ず連絡する」「絶対に不快にさせない」「いつでも最優先にする」と言えば、その場では強い安心を与えられるかもしれない。しかし、何をもって連絡とするか、病気や事故の場合はどうするか、どの感情まで結果を保証するか、複数の大切な人の要求が重なったらどうするかは決まっていない。言葉は強い一方、履行条件は曖昧である。
この種の約束は、曖昧さをなくすより、違反を認定する範囲を相手へ広く与える。連絡の頻度について認識が違えば、約束した側は努力したと考え、相手は破られたと考える。「不快にさせない」という結果は、第三者の行動や相手の受け取り方にも左右されるため、約束した人だけでは制御できない。それでも約束という形を取った以上、結果が生じたときに、説明不足ではなく不誠実として評価されやすくなる。
また、絶対的な約束は互いに衝突する。家族、友人、仕事、自分の健康を、同時に「いつでも最優先」にすることはできない。個々の約束を別々に見れば誠実に思えても、衝突時の優先順位や再調整の手続がなければ、どれかを破ることが予定されているに等しい。実効性に乏しい約束は、将来の行動を改善しないまま、罪悪感と非難の根拠だけを増やす。
実験研究も、約束を広く強くすることが信頼の増加に直結するとは限らないことを示す。Schweitzer et al.(2006)では、信頼を損なう行動に欺瞞が伴うと、謝罪やその後の一貫した行動があっても信頼の回復は難しかった。Gneezy and Epley(2014)は、約束違反による評価の低下に比べ、約束を超えて履行した場合の追加的な評価は小さいという非対称性を複数の実験で示した。これらは実験課題や仮想場面などに基づく結果であり、親密な関係全般へ直接一般化はできない。それでも、後から余分に埋め合わせることを見込んで大きな約束をするより、履行可能な内容を正確に約束する意義を裏付けている。
将来について語る方法は、約束だけではない。約束は相手に履行を請求する地位を与える。合意は双方の行動を調整し、状況が変わった場合の再協議を含められる。方針は原則として採用する行動を示すが、事情に応じて変更できる。意図は現時点の意思を表すが、結果までは保証しない。希望は望ましい結果を共有しても、その実現義務を引き受けない。
たとえば、「毎日必ず連絡する」と保証する代わりに、「原則として夜に連絡する。難しい日は、分かった時点で知らせる」と合意できる。「絶対に不快にさせない」ではなく、「不快に感じたときは教えてほしい。まず事情を聞き、今後の対応を一緒に考える」と約束することもできる。ここでは相手の感情を軽視しているのではない。自分に制御できない結果ではなく、連絡、傾聴、相談という履行可能な行動を引き受けている。
約束する前には、相手が必要としているのが、結果の保証、最大限の努力、予定変更の連絡、決定前の相談、優先順位の共有のどれかを確かめたい。そのうえで、履行条件、期間、例外、事情が変わった場合の連絡と再協議を具体化する。本来は希望や意図であるものを、短期的な安心のために約束へ格上げしないことも、誠実さの一部である。
約束が破られた場合にも、直ちに相手の人格評価へ結び付けるのではなく、予測不能な事情があったのか、約束そのものが履行不能だったのか、言葉の理解がずれていたのか、履行できるのに怠ったのかを分けて考える必要がある。これは違反を免責するためではなく、関係を修復するために何を直すべきかを見極めるためである。
個人間の約束は、信頼と予測可能性を生む一方で、履行請求と非難の権限を配分する。誠実さとは、強い保証を数多く差し出すことではない。何を引き受けられるか、何は保証できないか、変化したときにどう知らせ、話し合うかを明確にすることである。
本稿は、憲法、法律、契約、組織規則、個人間の約束という五つの層をたどってきた。それぞれの目的と強制力は大きく異なる。憲法上の理念を、社内の申請手続や友人との約束と同じ基準で測ることはできない。それでも、各層に共通することが一つある。ルールは、望ましい行動と望ましくない行動を言葉で分けるだけのものではない。解釈する権限、事実を立証する責任、遵守に必要な時間と労力、監視する権限、例外を認める裁量、違反を非難し処罰する可能性を、特定の人や組織へ配分する制度である。
そのため、追加的な行動改善効果が乏しいルールでも、何も起こさないわけではない。憲法では、誤った規範を長期間固定し、下位法令、行政、司法へ影響を増幅させる。法律では、捜査と訴追の費用、裁量的・選択的な執行、権利行使の萎縮、法体系の複雑化を招き得る。契約では、交渉と審査の費用を増やし、重要事項を埋没させ、実際の取引慣行とのずれを広げる。組織規則では、本来の仕事から切り離された遵守作業や、事故後の責任転嫁を生む。個人間の約束では、曖昧な履行請求と非難、複数の義務の衝突、関係を調整する余地の縮小につながる。
だから、「使われないなら害もない」「念のため追加しておけばよい」という考え方は成り立たない。守られない条項を残せば、紛争時にだけ持ち出す選択権を誰かに与える。日常的な違反を黙認する組織規則を残せば、問題が起きたときに処罰する相手を選べる。広く読める刑罰法規をまれにしか執行しなければ、違反をなくすよりも、同種の行為者の中から捜査対象を選ぶ裁量が残る。非適用は無作用ではない。
一方で、利用件数の少なさだけを失敗の証拠とするのも適切ではない。重大事故を防ぐ安全規則は、事故も処分も一件もない状態を目指す。基本権を保障する憲法規定は、頻繁に裁判で使われなくても、公権力が越えてはならない境界を示す。約束は、請求される前から相手に安心と予測可能性を与え得る。ルールの表出的機能、すなわち共同体や当事者が重視する価値を示す機能にも便益がある(Sunstein, 1996)。評価すべきなのは使用回数ではなく、目的となる害が減ったか、価値表明がどのような行動や認識の変化につながったか、そして、その成果に見合う費用であったかである。
ルールを作る前には、まず「守りたい価値」と「減らしたい具体的な害」を分けて書く必要がある。たとえば、国旗を尊重することは価値の表明であり、財産の損壊、式典の妨害、他者への重大な感情侵害は、減らそうとする害の候補である。両者を分けなければ、価値の重要性を示すことが、特定の禁止や刑罰の必要性を示したかのように扱われてしまう。
次に、既存のルール、権限、慣行、教育、情報提供では対処できない差分を明らかにする。そのうえで、追加的な便益を、行動の改善、害の予防、価値の表明に分ける。費用については、制定時の審議や文書作成だけでなく、理解、周知、教育、遵守、監視、相談、執行、例外判断、紛争処理、萎縮、関係悪化まで含めて見積もるべきである。ルールを提案する側に見える便益だけでなく、運用する側と対象となる側へ移される費用を数えることが重要になる。
さらに、境界事例を当事者と執行者が事前に理解できるかを確かめる。例外が必要なら、誰が、どの基準と記録に基づいて認めるのかを決める。目的を達成するために、助言、情報提供、合意、民事上の救済、行政上の措置など、より弱い強制手段を利用できないかも検討する。とりわけ刑罰のように人の自由や財産を強制的に奪う手段では、「目的が正しい」から一足飛びに「犯罪化が必要だ」と結論づけることはできない。
新設前の点検は、次の問いにまとめられる。
ルールは、制定して終わる成果物ではなく、維持管理を要する制度である。少なくとも、目的、対象、執行方法、例外権限、責任を持つ所有者、見直し日を明記したい。成果指標も、違反件数や処分件数だけでは足りない。減らそうとした害の発生状況に加え、遵守にかかる作業時間、相談、差戻し、迂回、例外申請、紛争の件数を測る必要がある。処分件数の増加は、執行が活発になったことは示しても、目的の達成をそのまま意味しない。
現場とルールのずれが見つかったときには、現場を正すべき場合とルールを改めるべき場合を区別する。安全や法令遵守に不可欠な手続が省略されているなら、実務を修正しなければならない。他方、目的への寄与が乏しく、回避しなければ仕事が進まない規則なら、違反者を増やすより規則の再設計を検討すべきである。目的と手段の関係が妥当で、適切な強さで統制され、一貫して適用され、その目的が関係者に理解されるルールは「グリーンテープ」と呼ばれる(DeHart-Davis, 2009)。目指すべきなのは、規則の数を機械的に減らすことではなく、こうした有効な形式化へ更新することである。
廃止条件も、導入時に決めておく必要がある。目的となる害が減っていない、既存制度と重複している、より費用の小さい代替手段が見つかった、実際には運用されていないといった場合には、統合、停止、廃止を選択肢に入れる。「サンセット条項」とは、一定の期限が来るとルールを自動的に失効させる規定をいう。継続する側に改めて根拠を示す責任を課せる点で有用だが、基本権の保障や基幹的な安全規則のように継続性が不可欠な制度へ機械的に適用するべきではない。重要なのは、すべてを期限付きにすることではなく、見直さないことが既定路線にならないようにすることである。
維持と廃止については、次の点を定期的に確認できる。
最後に、序論の国旗損壊罪へ戻ろう。同法には、国旗を大切にするという価値を刑罰法規として表明する機能がある。その便益を認めたうえで、自己所有の国旗を用いた公然の行為を新たに処罰することで、既存法では防げなかったどの害がどれだけ減るのかを確かめる必要がある。同時に、全国的な職員教育、通報への対応、事情聴取、映像確認、捜査、逮捕判断、検察との連携にかかる時間と、市民の表現活動への影響も評価しなければならない。
同法案は2026年7月17日に参議院で可決され、成立した(衆議院, 2026a)。同法は2026年7月24日に法律第69号として公布され、附則第1項に基づき、同年8月13日に施行された。2026年8月17日時点では施行から4日しか経過しておらず、実効性を評価できるだけの観察期間はない。今後は、通報、相談、捜査、逮捕、送致、起訴、有罪判決の件数だけでなく、警察と検察が投入した時間、既存犯罪と重なった事案の割合、運用の地域差、政治的・芸術的表現への影響を検証する必要がある。現行法の附則第2項は、施行後3年を目途として施行状況等を勘案し、検討を加えることを求めている。その見直しでは、「国民感情を十分に保護したか」という抽象的な評価にとどまらず、どの具体的な害がどれだけ減り、誰にどれほどの費用が生じたかを公開することが望ましい。
よいルールとは、単に短いルールでも、数の少ないルールでも、厳しいルールでもない。目的と手段の関係を説明でき、当事者が境界を理解でき、現実に一貫して運用できるルールである。例外と変化を処理する手続があり、役割を終えたときには変更または廃止できなければならない。
ルールへの信頼は、違反者を厳しく取り締まることだけでは保てない。守る理由を説明できないルール、実際には守れないルール、問題が起きたときだけ持ち出されるルールが積み重なれば、必要なルールまで儀礼として扱われるようになる。ルールを作るときに、その維持と終わり方まで決めること。それは規制を弱くするためではなく、本当に必要なルールを、理由のあるものとして守り続けるためである。
アクセス日は、特に断りのない限り2026年7月26日である。法令・通達は執筆時点の状態を示す。